2010年02月06日

弾丸トラベラー<ハンガリー編>

 ハンガリーの首都ブダペストには朝の11時頃の到着だった。。
 列車を降り、駅の構えを見て、テンションがあがった。

<ブダペストの駅>
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 いつかテレビの「世界の車窓から」で見たことのあるような、僕の思い描いていたヨーロッパ風の駅舎だ。

 だが、ホームを出口の方へ歩いている間に、アジアのように宿の勧誘に少し付きまとわれたのは、ちょっと意外だった。。
 どういうわけか頭から布で身を包んだとても小柄な老女から受け取った宿のビラには、日本語で案内が記されていた。
 怪しすぎたので、そのビラだけもらい、足早にその場を離れ、さっさと観光案内所へ逃げ込んだ。

 観光案内所でブダペストの地図を獲得し、翌日のウィーン行きの列車のチケットを手に入れ、銀行で両替を済ました。
 以前に別の旅行者からもらっていたオススメ宿情報を頼りに、その日宿泊する宿を探した。

 駅からは少し歩いたが、割と簡単に宿は見つかった。
 マンションの一室の、ある部屋をドミトリー形式にして、旅人に提供しているその宿へ入るためには、マンションの大元の玄関のオートロックをまず開錠しなければならない。それも旅人からの情報どおりに難なく開錠し、その宿があるフロアまで上がり、インターホンを鳴らした。
 ドアを開けてみてビックリ。
 ドアの向こうから顔を出したのはさっき駅で勧誘をしてきた老女だった。

 「ここに来る予定だったのなら、私が案内してあげたのに。」
 「いやいや、あんたあやしすぎでしょ」と心の中でつぶやいた。

 その歳になってまで、どこかの宿に雇われ、しかもあんな寒い場所で声を震わせながら、日本であれば若いアルバイトがやるような仕事をしなければ生活していけないのだろうかと、とても哀れに感じていたので、その老女がオーナーらしいことが分かると、とても安心した。。(・・・と言いつつ駅では冷たくあしらったけど・・・)

 宿の名前は「ヘレナハウス」。
 どうやらそのおばちゃん(おばあちゃん??)の名前がヘレナというらしい。
 日本人旅行者には有名な宿らしく、部屋はドミトリーなのだが、オフシーズンのためか僕以外の宿泊者は誰もいなかった。
 部屋やトイレ、風呂はそれぞれとても広くて綺麗だし、インターネットやり放題で確かキッチンも使える。なかなか快適だった。
 なによりも全てが独り占めだったっていうのが良かったのかな・・・。
 部屋代も1500ハンガリーフォリント(700円弱ぐらい?)となかなかお手頃。
 アットホームな雰囲気だったし、弾丸中じゃなかったら2泊以上はしてただろう・・・。

 街散策を始めたのは、2時半をまわった頃だった。。
 ブダペストは、今までまわってきた中欧の町に比べると、はるかに大きな町だった。
 町の建物はどれもいちいちすごい装飾が施されている。
 例えば単なるコーヒー屋さんでも、入り口にこんな彫刻があったりする。
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 街を歩いていて、カメラをしまう暇が無かった・・・。
 どこにカメラを向けても絵になるような街で、改めてヨーロッパに来たんだということを強く実感した。

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 とにかくひたすら歩いた。。
 手袋や帽子はないし、靴は3箇所ぐらい穴が開いているし、それでも容赦なく雪は降ってくるし、とても耐えがたい寒さだったが、夜の9時半過ぎぐらいまで、あちらこちらをぶらぶら歩いた。

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 ドナウ川沿いの夜の景色はとても綺麗だった。

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 初めて見るヨーロッパの町並みは、見るもの見るものがどれも新鮮だった。。

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posted by SAMURAIちゃん at 23:46| Comment(2) | 東ヨーロッパ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月02日

弾丸トラベラー<ブルガリア→マケドニア→クロアチア>

 ブルガリアの首都「ソフィア」には朝6時ごろの到着だった。
 列車を降りた途端、そのあまりの寒さに驚いてしまった。。
 その日の天気が雨だったというのもあるのだろうが、こうもギリシャと寒暖の差が激しいとは・・・。

 その日のうちにでも夜行バスや列車があれば、次の国セルビア(首都ベオグラード)へと移動するつもりだったが、あいにくうまく便が合わず、その日はそこに宿をとることにした。

<ソフィアのマーケット>
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 ソフィアはどこと無く寂しい町だった。この肌寒い気候のせいもあるのかもしれないが、町行く人々の顔は暗く、顔つきは険しい。。
 駅の係員やチケットオフィスのスタッフ、お店の店員の対応なんかもそっけなく、頭にくることもしばしばあった。。

 町自体にも活気が無く、3時間ぐらいで町歩きをやめてしまった。
 そんな町の雰囲気とは裏腹に、泊まったホステル「ホステルモステル」はとても雰囲気が良く、安くて、快適な宿だった。
 朝と晩に食事が付くし、インターネットは無料でやり放題。部屋も綺麗で、セキュリティもしっかりしている。。スタッフの態度もびっくりするぐらい良くて、居心地が良かった。

<ホステルモステル外観>
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 宿が快適すぎるから・・・というのではないのだが、結局ソフィアには2泊もしてしまった。
 というのも、いざ出発しようとしたその日、駅でチケットを購入しようとしたら、セルビアのベオグラード行きはストライキがあったため運行中止です、と言われてしまったのだ。。他の行き方も調べたが、結局その日のその時間帯からベオグラード方面へ運行している交通機関は無く、もう一泊しなければならなくなってしまった。

 ストライキがいつおさまるのか定かではないので、急遽ルート変更をし、次の国をマケドニア(首都スコピエ)に切り替えることにした。
 そしてその翌日、夜7時に出るバスに乗り、マケドニアのスコピエへと向かった。


 スコピエには深夜12時に到着。
 深夜だったために、ホテル探しに多少苦労したが、何とかバスターミナル近くで、ユースホステル発見。
 少し高かったが、時間も時間なので、しかたなくそこでチェックイン。
 バス/トイレに加え、テレビまで付いた綺麗な部屋でその日はゆっくりと休んだ。
 翌日はもちろんスコピエ市街を散策。
 ブルガリアのソフィアと同じくらい小さな町で大体の場所は歩き通した。

<オールドマーケットにて>
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 なかでももっとも賑やかだったオールドマーケットと呼ばれるところは、印象に残った。この辺りはトルコ系住民の居住区になっているらしく、ある一帯にはトルコのバザール・・・とまではいかないが、簡素な造りの市場が形成されており、生鮮食品から衣類や雑貨などが売られていた。
 その市場の隣には石畳の商店街があり、その町並みも綺麗なものだった。
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 イスタンブールやダマスカスにあるようなバザールやスークの雰囲気ともなんとなく似ている気がした。
 ムスリムの人が造った町並みは、とても賑やかだし、町が迷路のようでおもしろい。エジプトのイスラム地区だって、そうだ。

 せっかくなので、移動中の食料としてみかんを4つ買っておいた。
 そして、その日の夜7時に出るというバスに乗り、モンテネグロのコトルを経由し、一路クロアチアのドブロヴニクへと向かった。


 コトルには翌朝8時に着き、タイミング良く8時半のドブロヴニク行きのバスがあったので、すぐさまバスチケットを購入し、そのバスに乗り込んだ。

 その道すがら、アドリア海に面した沿岸沿いの道を走ることがしばしばあり、とても良い景色だった。
 この景色を写真に収めようと、何度もカメラを構えたのだが、バスの揺れで思うように撮影できず、代わりにしっかりとこの景色を頭に叩き込むようにして観た。

<ドブロヴニクへ向かうバスの中から・・・>
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 ドブロヴニクには朝11時半に着き、次の町へ行く時間帯を調べたら、さっそくドブロヴニクの旧市街へと向かった。。

<ドブロヴニク旧市街>
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<船着場>
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 ここドブロヴニクは宮崎アニメ「魔女の宅急便」のモデルとなった町といわれ、城壁に囲まれた旧市街の狭い地域に古きよき中世の町並みが綺麗に残っている。
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 ただ、町はとても綺麗なのだが、町が完全に観光地化されているためか、生活感が全く無く、個人的にいまいち物足りない感じがした。
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 しかもオフシーズンのため、観光客がほとんどおらず、閑散としていた。。
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 とにかくその寂れた遊園地のような活気の無さに少しガッカリしながら、旧市街を後にし、再びバスターミナルへと戻った。


 その日はドブロヴニクには泊まらず、18時発のザグレブ行きのバスに乗ることにした。

 本当はその途中にあるクロアチアの古都スプリットにも寄る予定であったが、ソフィアで無駄に2泊もしてしまったために、カットせざるを得なかった。。


 クロアチアの首都ザグレブ。
 なんだかこの町辺りから、僕が想像する「ヨーロッパの町並み」が始まったような気がする。
 そしてこの町辺りから、毎晩のように雪が降るようになった。

<プリトヴィツェ湖群国立公園>
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<そこで出会ったアメリカ人老夫婦>
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 ザグレブに着いたのは、朝の5時ごろだったが、朝7時半のバスで、ザグレブの近郊にあり、世界遺産にも登録されている「プリトヴィツェ湖群国立公園」で1日を過ごしたので、ザグレブの町自体はしっかりと見ていない。
 プリトヴィツェ湖群国立公園から帰り、夜2時間ほど、町をブラついたぐらいだ。

<ザグレブの町の様子>
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 まだそんなに遅い時間ではなかったとは思うのだが、駅前に人気はあまり無かった。。
 中心部へと向かったのだが、一つの大きなBARを除けば、やはり人気はなかった。
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 それでも、その落ち着いた雰囲気と綺麗な町並みはとても良かった。


 翌日は朝の4時56分発の電車で、ハンガリーのブダペストへと向かった。

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posted by SAMURAIちゃん at 21:40| Comment(0) | 東ヨーロッパ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月26日

弾丸トラベラー<ギリシャ編>

 12月4日、夕方過ぎにアテネ国際空港に着いた。

 ついにヨーロッパだ〜〜。

 ただこのギリシャからフィンランドのヘルシンキまで20日間で抜けなければならない。。
 ガイドブックも無ければ、情報を手に入れるためのパソコンもない、時間も無ければ、お金も無い・・・。
 うん、油断は禁物だ・・・。
 アジアのときのノリでは駄目だ。。とにかくある程度は計画的に行かねば・・・。
 ということで、多少の緊張感が走った。


 アテネではあらかじめエジプトで別れた旅人から聞いていたオススメ宿にチェックイン!その日は出歩かず、宿で次の日からの計画を練った。。
 その翌日はアテネ観光に乗り出した。

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<アテネ中心街>
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 アテネは思いのほか小じんまりとした町だった。
 午前中の10時半ごろから行動を開始し、全て徒歩でまわっても午後3時ぐらいには大体の観光名所を見終わっていた。

<オリンピックスタジアム>
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<アクロポリス>
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 だが、次の町へ行く列車の時間がうまく合わず、2日目もアテネで宿泊することにした。。

 そしてアテネ3日目の朝、列車で「カランバカ」という町へと向かった。
<カランバカの駅のホーム>
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 ここカランバカにはメテオラ修道院群がある。
 広大な大地に数々の奇岩群がそびえたっており、そのそれぞれの奇岩群のてっぺんにはいくつも修道院が建っているという、とても神秘的な風景が広がっているのだ。

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 そこでは日本人夫婦の旅行者と知り合うことができ、一緒に修道院めぐりをした。
 短い時間ではあったが、いろいろと話ができ、とても良い時間が送れた。


 夕方5時頃の列車で、今度はギリシャ第2の都市「テッサロニキ」へと向かった。
 同日の夜9時頃にテッサロニキへと着き、観光案内所で地図とホテル情報を得ると、駅から徒歩5分程の安ホテルにチェックインすることにした。
 翌日はテッサロニキの町を散策した。

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 この町もアテネ同様にとても小じんまりとした町だった。。
 歩いてみて、個人的にはアテネよりも良い町だと思った。
 綺麗な海沿いの道、クリスマス一色の中心街、見晴らしの良い丘の上の城塞。

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 目的地までに行くまでの道のりも、かわいらしい建物が並んでいたり、町並みが綺麗だったりで、歩いていてとても楽しい町だった。
 アテネに負けないほどの立派な街なんだけれど、でもどこかカントリーサイドの匂いもほのかにする。。
 とても落ち着ける街だ。

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 23時40分に出るというその日の夜行列車で、テッサロニキを離れ、一路ブルガリアの首都「ソフィア」へと向かった。。

<テッサロニキの静かな夜>
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タグ:世界一周
posted by SAMURAIちゃん at 12:00| Comment(2) | ギリシャ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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