2010年02月20日

弾丸トラベラー<ポーランド編>

 プラハをあとにした僕は、次なる国「ポーランド」へと向かった。

 ここでは以前から、一度ぜひ見たいと思っていた場所がある。
 「アウシュビッツ強制収容所」。。
 1940年から45年にかけて、ナチスドイツによって、労働力の確保、民族浄化という名目の下に大勢のユダヤ人などの収容者が強制労働を強いられたり、虐殺された場所である。

 別に特別な思い入れがあるわけではないのだが、当時どのような事が起こっていたのか、、そんな恐ろしく、悲しい出来事が起こっていた場所をこの目で直接見たかったのだ。。

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 この強制収容所がある町は「オシフィエンチム」(ドイツ名:アウシュビッツ)。。
 プラハからは交通の便が悪く、2度列車を乗り換えなければならなかった。。朝6時11分プラハ発のに乗って、オシフィエンチムに着いたのは14時09分。

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 正直この着いた日にアウシュビッツ博物館(アウシュビッツ強制収容所)の見学ができれば、その夜の便でポーランドの首都ワルシャワまで行ってしまう予定だったが、駅構内のお店でアウシュビッツ博物館の閉館時間を聞くと、15時という答えが返ってきたため、その日は諦めてオシフィエンチムに1泊することにした。

 ひとまずアウシュビッツ博物館の近くの観光案内所でホテル情報とオシフィエンチムの町のマップをもらった。
 町の中心部まで行くのに、いまいちバスの乗り方が分からなかったので、ひとまず徒歩で向かった。。

<オシフィエンチム中心部の様子>
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 この町で泊まった宿は今までに泊まってきた宿の中でも見たことのないような変わった宿だった。
 教会なのか、学校なのか、最後までよく分からなかったが、とにかく大きな建物で、そこでは大勢のクリスチャンの学生??(10代)が集団で生活しているっぽいのだ(すいません、何も調べてないので、本当にテキトーです)。その生徒と思われる10代ぐらいの若者たちは食事も集団で一斉に食べるし、授業があるのか、お祈りの時間があるのか、時折、これまた集団でぞろぞろと廊下を移動したりしているのだ。

 なんとなく「自分はここにいていいのか?」と思わせるような雰囲気だ。

<宿の内観>
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 僕の部屋はというと、外来者用に別館が設けられているみたいで、その若いクリスチャン達とは別のエリアに部屋を借りていた。。とにかくこの建物は広いのだ。部屋はというと、ものすごく綺麗で、一室に3ベッドあり、ドミトリー風になってはいるが、他に誰も客がいないため、完全に1ルーム貸切だ。風呂・トイレにいたっても今までに誰かここを利用したことあるのかなと思わせるほど、ピカピカで快適だった。
 朝は朝食が付くし、思った以上に宿代も安い。


 翌日は当然のごとく、アウシュビッツ博物館を観光した。
 敷地内には何棟ものレンガ造りの2階建ての建物が並んでおり、思った以上に敷地は狭い。
 各建物ごとに違った展示物が展示されており、それぞれが博物館になっている。

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 実際に処刑されている場面を実写ではないが、絵であらわされていたり、収容されていた人々が寝起きしていた場所や、その人々がつけていた大量のメガネや髪の毛、義足、鞄などが山積みにされていたりと、とても生々しい場所もあった。
 この5年間に及ぶ強制収容には諸説あるようで、実際には虐殺はほとんど行われていなかったという説もあるようだ。。実際にそこで虐殺された人々の数は発表元により大幅に違ったりしているし・・・。
 とにかく過酷な強制労働を強いたことに間違いはなさそうだ。

「ARBEIT MACHT FREI(働けば自由になる)」
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 残りわずかの日程の中で、ここオシフィエンチムに1泊を費やしてしまったために、ポーランド観光はコレにて終了になってしまった。
 なので首都のワルシャワも単に乗り継ぎのための中継地点・・・。

 14時10分、アウシュビッツ博物館の前からバスは出発。その後一度「クラコフ」という町で降り(16時05分着)、ワルシャワ行きの列車に乗り換え(17時14分発)、ワルシャワには20時に着いた。。
 途中、アウシュビッツからクラコフに向かう途中のバスの中で見た外気温計は「マイナス8度」?!
 驚愕の事実だった。。

 ワルシャワの次に向かうはバルト3国の最初の国「リトアニア」。

 正直ワルシャワからリトアニアの首都「ビリニュス」までのバスが、その時間帯からあるかどうかもわからず、なかったとしてもその時間帯から、ワルシャワでホテルを探すのも、億劫だった・・・。
 できればその日のうちにビリニュスまで移動したい、、、と思い、バスチケットカウンターであれこれ説明するのだが、英語が全く通じない上に、どの係員も愛想が悪く、「あっちへ行け」と言わんばかりに3回ぐらいたらい回しにされた。。

 クラコフでさえ、英語が通じるツーリストインフォメーションがあるのに、なぜ首都のワルシャワはこんな不親切なんだ・・・。

 本当に頭にきたが、それ以上にその日に移動できないかもしれないという事が僕をとても焦らせた。。

 正直、3回目にたらい回しにされた列でバスのチケットが買える気がしなかったので、誰か英語ができそうな人に、この列で合っているのかどうかを聞こうと、ふと前の女性に英語で呼びかけると、なんとその方は日本人であった。。
 あまりの軽装ぶりに旅行者とは思えなかったのだ。

 だが、詳しく聞いてみると、その方は現在ポーランド人の旦那さんと一緒にワルシャワで暮らしているのだそうだ。。

 「たすかった・・・」

 涙がちょちょぎれそうなほど、嬉しかった。その旦那さんも一緒にその場に居合わせていたので、もちろんポーランド語を駆使してもらって何とかその日のうちにリトアニア行きのチケットをゲット。

 話を聞くと、その夫婦のお二人は、今日別の町の友人宅を訪ねようとしたが、天候か何かの理由で列車が動かなかった。その日の友人訪問はあきらめ、列車のチケットの払い戻しで、窓口に並んでいたのだが、僕と同じようにたらい回しにされ、何時間もここで並んでいるということだ。。ポーランド人にとっても、この係員の態度は頭にきているらしく、今日も並んでいる間に何人ものお客さんが係員とケンカしていったのを見たとの事。。。

 やっぱ、そう思うよね・・・。


 バスが出るまでの間、2時間ほど時間が空いていたので、せっかくだから一杯やろうということになって、駅前のハードロックカフェに入った。。

 お二人のお名前はトメックさん、マリさん。
 トメックさんは日本語がペラペラで、真面目そうで、それでいてとても明るくおもしろい方だった。。一方奥さんのマリさんは僕と同じ名古屋の出身で、久々に名古屋弁で名古屋トークをした。。トメックさんも名古屋を何度か訪れたことがあるらしく、まさかポーランド人の口から「中村日赤」とか「中村公園」とかの単語(地下鉄の駅名)が出てくるとは思わなかった。。。

 とにかくヨーロッパに来て、初めて、、、というか、本当に久しぶりにゆっくりと日本語で話ができて、心底ほっとした。。


 バスの時間が近づいてきたので、店を出ると、トメックさん・マリさんはバス停まで僕を見送ってくれた。。
 今度は名古屋で会えるといいねと、最後に握手を交わし、バス停で別れた。。

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 本当にとてもいい夜だった。。


ラベル:世界一周
posted by SAMURAIちゃん at 20:15| Comment(2) | 東ヨーロッパ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月13日

弾丸トラベラー<チェコ編>

 ウィーンを早朝の6時に出発した列車は、次なる目的地、チェコの首都「プラハ」へと向かってひた走る。
 列車はほぼ定刻どおり朝の10時20分にプラハの駅へと到着した。
 ヨーロッパで最も美しい町と言われている「プラハ」・・・。

<プラハ城周辺の町並み>
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 到着した駅で、まずは次に向かう町への列車のチケットを予約。。
 そして次に、観光案内所でその町のマップを手に入れる。マップを手に入れたら、あらかじめ目星を付けておいたホテルへとマップを頼りに向かう。

 東ヨーロッパ弾丸ツアーも後半戦を迎えると、この一連の行動はパターン化され、時間を効率的に使えるようになり、先のスケジュールまで立つようになった。初めはこの時間との戦いに、不安ばかりであったが、ここにきてようやく東ヨーロッパの旅にも慣れてきて、そんな不安は拭い去られた。。


 プラハでは線路沿いにある「ホステル・エルフ」に宿を決めた。。
 中へ入ると、とても陽気で、愛想の良い若い女性スタッフが対応してくれた。。
 荷物を置き、スタッフに見所をレクチャーしてもらうと、さっそく町へと繰り出した。

 まずはバスとトラムを乗り継いで、プラハ城へと向かった。バスを降りると、雪が降っているのに気付く。あたり一面を真っ白に染めていた。
 トラムに乗ろうとヴルタヴァ川に架かる橋を渡っているとき、バックにはプラハ城のシルエットが。。
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 一面の真っ白な景色とあいまって、とても綺麗だった。

<プラハ城の敷地内にて>
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 とても広大なプラハ城とその周辺をブラブラしているあいだに、いつの間にか、夕方になっていた。。
<カレル橋を渡る前の町並み>
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 再度プラハ城のある地区から対岸へと戻るのに、今度は有名な「カレル橋」を通り、ヴルタヴァ川を渡った。。
<カレル橋>
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<橋の両サイドを覘くとこんな風景もある>
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 ヨーロッパで現存する最古の石橋といわれてるこの橋の両サイドには、それぞれ15体ずつ、計30体の彫刻が並んでいる。
 この橋の中央に来る頃にはすでに日が落ちて、空は藍色に染まり、辺りには温かみのあるオレンジ色の灯りがあちこちでともり始めた。それと同時にぐっと冷え込むようになった。
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 橋を渡りきると、その近くのレストランで、余りそうなチェコ・コルナ(通貨)をはたいて、少し豪華な食事とビールを頬張った。

<プラハ城とカレル橋のライトアップ>
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 その後、ほろ酔いのまま、旧市街をブラついた。

<旧市街にある火薬塔>
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 どこをどう歩いたのかあまり覚えていないが、迷路のような路地をくねくね歩き、小さなトンネルなどをくぐり、町のあまりの綺麗さに感動しながら歩いていると、旧市街の広場へと辿り着いた。

<奥には時計塔が>
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 時計塔、聖ミコラーシュ教会、聖母マリア・ティーン教会などの建物に囲まれたこの広場はクリスマス一色で、食べ物屋やお土産物屋などの出店がたくさん出ており、大変な賑わいを見せていた。

 広場を写真を撮りながら歩き回っていると、カメラの電池マークが赤色で点滅し始めた。。

 まだまだ撮りたい写真いっぱいあるのに・・・。

 なるべく電池を消耗しないように扱いながら、写真を撮っていた。。
 ちなみに予備電池は持っておらず。。

<聖ミコラーシュ教会>
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 そしてあと一枚撮れるか撮れないか、、というところで旧市街広場のベストアングルを発見!
 なんでもっと早く見付けなかったんだ!!と自分を叱って、とりあえずカメラの電源を入れてみた。
 そしてシャッターを押すと、パシッと音がした。

 おお、撮れるじゃん。。

 ・・・と思いきや、その撮った画像を処理し、保存する段階で電池が切れてしまうため、結局撮れたと思った写真は保存されぬまま・・・。
 電池を入れ直したり、何度も何度も、できる、できると、カメラに言い聞かせて、やってみたが、本日の業務は終了したらしい・・・。

 自分の中で今日一のベストアングルだったので、とても悔しくて・・・、唇を噛み締めながら、夜の旧市街をあとにした。。

<聖母マリア・ティーン教会>
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 ま、これはまたプラハに来いということだな、と自分に言い聞かせた。。
ラベル:世界一周
posted by SAMURAIちゃん at 01:10| Comment(3) | 東ヨーロッパ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月08日

弾丸トラベラー<オーストリア編>

 ウィーン行きの列車は朝7時10分にブダペストの駅を出発した。

 出発当日の朝、ブダペストのヘレナハウスで目を覚ましたとき、ふと時計を見ると朝の6時30分。
 電車が出発するまであと30分ちょっとしかないっ!
 
 あせって宿から駅までの約2km程の間をバックパックを背負って、猛ダッシュ。。
 何とか7時、5分前には駅に到着することができた。

 まだまだ自分も走れるんだな〜、と思い、汗だくになりながら、列車に乗り込んだ。。

<ウィーンの町並み>
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 ウィーンではウェストバンホフ駅近くのユースホステルに宿を決めた。。

 駅から賑やかな大通りを東へ30分も歩けば、旧市街だ。

 想像通り、この町はとても落ち着いた綺麗な町だ。

 ブダペストと同じように、街のいたるところに豪勢な彫刻のモニュメントが施されていた。。

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 寒いせいなのか、1日に撮る写真の枚数が多すぎるのか、普段なら2,3日はカメラの充電がもっていたのに、ヨーロッパに来てからは1日で電池が切れるようになってしまった。

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 とりあえずウィーンではあまりの寒さにニット帽を購入。。

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 そしてここウィーンではなんとたったの3ユーロで、あのオペラが観れてしまう。(立ち見)
 だが、そのオペラ座の前を歩いていたらチケット販売の男性が、余った席があるから10ユーロでこのチケットを買わないかと言ってきた。
 普段ならば30ユーロ以上はするようなオペラが3分の1の値段で観賞できる。
 とりあえずそれ以下になるように更に値切ってみたが、「バカにしているのか!」と、そのチケット販売の男性はそっぽを向いて行ってしまった。
 さすがはウィーン・・・。ヨーロッパの旅において、これからは今までのようなノリで旅はできないなと痛感した。。
 慌てて、「今のはジョークだ。」と、その男を呼び止めて、何とか10ユーロのチケットをゲットした。

<オペラの観覧席の様子>
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 オペラ座の内観はとても綺麗だった。

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 豪華なシャンデリア、至る所に施された数々の彫刻、そのオペラ座に観賞しに来ている人たちの見事にドレスアップされた身なりなどを見ると、こんなウィンドブレーカーにカーゴパンツのカジュアルな格好で、自分はここにいていいのだろうかと、少し不安になった。。

<劇の中休み>
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※劇の中盤で一度小休憩が入り、スーツやドレスで身を飾った人々はワイングラス片手にそれぞれしばしの歓談を楽しむ


 劇はハッキリ言って、何を言っているのか分からなかったが、生の劇というのは、とても迫力があって良かった。

 舞台のすぐ手前にはオーケストラがいて、生演奏も楽しめる。

 初めてのオペラがウィーンで観れたことに感謝だ。。

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ラベル:世界一周
posted by SAMURAIちゃん at 05:18| Comment(3) | 東ヨーロッパ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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