2010年03月05日

念願のニューヨーク到着!

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 12月23日、ジョン・F・ケネディ国際空港に着いたのは夕方過ぎ頃だった。。

 飛行機が着陸し、パイロットから無事到着したというようなアナウンスが流れると、乗客はみな拍手をしていた。。
 前日、前々日までの大寒波による大雪のせいで、ここ2,3日、航空便に遅延や欠航が相次いだため、無事に到着できたことを祝福しての拍手だったのだろう。

 僕の宿はブルックリンという地区にあり、マンハッタンのお隣の島だった。。
 マンハッタンから少し離れており(といっても地下鉄で20分〜30分ぐらい・・・)、宿の周りは少し寂れた倉庫街のような場所だった。。
 そんな場所にあるのだが、宿代はすこぶる高いっ!
 というかニューヨーク自体、宿が高い街らしいのだが、更に年末年始になると普段の5倍ぐらいに膨れ上がる。。。
 ちなみに28日までの平日の料金は30ドルなのだが、29日から翌年1日までは、なんと150ドルになるのだ。。しかもドミトリー・・・。
 初めはパソコンの予約画面で、自分の目を疑ったが、何度瞬きをしてもその値段は下がることはない。。
 足元見やがって・・・
 悔しかったが、この年末年始の時期、ニューヨークのホテルはどこも満員で入れないのだ。。
 予約サイトの画面上ではあるが、結局そのホステルしか空いていなかった。。
 泣く泣く、そのホステルの予約ボタンを押すしかなかったのだ。

 クリスマスのニューヨーク。。

<ロックフェラーセンターのツリー>
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 エジプトで会った友人とニューヨークで待ち合わせをしていたので、幸いにも独りにならずに済んだ。
 でも意外にもニューヨークの街ではそんなに盛り上がってはいない・・・。
 むしろ日本の方が(日本が世界で一番盛り上がっているかもしれない・・・)派手なくらいだ。。

<意外に斬新な発想??>
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 もっと街中にマライアキャリーとかが流れてて、サンタのおじさんがその辺に立ってて、建物は派手な飾り付けがされているのかと思っていた。
 普段通りのタイムズスクエアですが、なにか・・・??的な雰囲気だ。。
 みんな内輪でパーティーを開いて、クリスマスイヴは盛り上がるのだそうだ。

 夜はジャズバーに行った。。
 こういう場所は初めてだ。。
 自分にしてはちょいと高かったが、それでも他のジャズバーに比べたらお手頃なお店だった。。

<ジャズバーにて>
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 初めはドラムとピアノとサックスでインスト(ボーカルなし)を演奏、そして途中から女性ボーカルが登場し、ゆったりとしたバラードを何曲か歌った。。
 声はしゃがれていて、なかなかカッコ良かった。
 もう少しハイテンポなジャズも期待していたのだが、そのときはやらなかった。。

 ニューヨークらしいことしてるな・・・俺。

 もう一つニューヨークらしいことと言えば、ミュージカルっ!
 普段日本にいるときはまず行くことはないのだが、とにかくココはニューヨーク。。
 本場のミュージカルを見ねば・・・。
 はい、ミーハーです。
 ミュージカルはニューヨーク滞在中、実に2本も観てしまった。。
 「オペラ座の怪人」と「CHICAGO」。

<劇場内で隠し撮り・・・CHICAGO>
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 物語自体あまりよく知らないので、当然英語の得意じゃない僕には劇を観ていて詳しいストーリーはつかめなかったが、(でも一緒にいた友人から大まかなあらすじは聞いた)とても迫力があって、楽しかった。
 何よりダンスがカッコいい。。キレがある。。やはり何に関してもだが、その道のプロとはカッコいいものだ。プロの人は、人の心を魅了するものを持っている。そのときも当然ながら感動した。

 また、バンドが好きなので、滞在中4回ほど、ライブバーに行って、ビール片手に生ライブを聞いた。
 オリジナルの曲ではなく、有名なバンドのカバー曲をやったりしてくれるので、結構盛り上がる!
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 ライブバーはニューヨークにたくさんあり、よほど有名な店、またはバンドでなければ、ジャズバーほど高くつかないので、まだ気軽に行けた。
 ニューヨークの中で、このライブバーが一番楽しかったかもしれない・・・。僕にとっては。
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<ハードロックカフェの内部、まるで博物館のよう・・・>
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 イメージとの相違。
 ニューヨークは思った以上に黒人率が高い。。
 地下鉄乗っていても、町を歩いていても5割ぐらい・・・もっとかもしれないが、それぐらいは黒人だと思う。それ以外は日系人だったり(これがまた日系人は結構見掛ける)、中東系の顔していたり、インド人だったりで、純粋な、いわゆる西欧系の顔をした白人というのは、意外にも少ない気がした。
 ニューヨークってそういうものなのかな。。。

<冬のセントラルパーク>
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<ジョンレノンを偲んで作られたイマジン碑(オノ・ヨーコデザイン)・・・セントラルパーク内/ストロベリーフィールズにて>
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 勝手な僕のイメージだが、ニューヨークはアメリカを象徴している町で、アメリカといえばあの国旗連想してしまい、あの国旗を連想するとどうしてもバリバリの・・・もう髪の毛も眉毛もまつ毛も腕毛も何もかも金髪の身体のごっつい白人をイメージしてしまう。イメージが一人歩きしすぎてますね。
 いや、とにかくこの町はいろんな人種がいるんだなと、痛感した。。。

 そしてニューヨークの地下鉄は全体的に薄暗くて、汚くて、ボロい。
 地下鉄の歴史は古いのかもしれないが、もう少し改装なり、何なりしても良さそうな気がする。話を聞くと、単純に24時間電車が走っているので、改装は無理らしい。

<地下鉄のホームでジャズを演奏する人たち>
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 とにかくネズミはいるし、改札口は鉄格子みたいなので仕切ってあり、まるで牢屋のようだし、落書きもいっぱいあった気がする。あと、酔っ払って線路に向かって小便してたやつもいた。別に誰が注意するということもない。ま、これはその人の公衆マナーによるものだけど、地下鉄は24時間やってるのだから、当然この大都会ニューヨークにはそんな酔っ払いが毎日のようにいるはず。。。多くの酔っ払いがそんなことやってるんだと思うと、吐き気がしてくる。
 鉄格子の改札口は回転ドア形式になっており、手動で重い鉄格子を押さなければならない。それがものすごく重くて、男の人でもちょっとずつしか回転ドアを動かせないような駅もある。なんてアナログなんだ・・・。
 メトロ切符(テレフォンカードみたいな切符)だって、一回改札機に通してしまうと(日本みたいに機械の中に入っていかない。磁器にスライドさせるだけ・・・)、20分ぐらいは間を置かないと、また他の改札機に通すことができない。何が言いたいかというと、例えばA線の電車とB線の電車があって、A線に乗りたいのだが、間違えてB線の改札機にカードを通してしまった場合、訂正してA線に乗ろうとしても、すぐには乗れない。20分ぐらい待ってからじゃないとA線の改札機に通せないのだ。駅員に言っても、ただ待てと言われるばかり。めんどくさい・・・。
 僕は最初このことを知らなくて、カードが壊れたものだと思い、買いなおしたりしたので8ドルぐらい損した。たかが8ドルだが、やっぱり悔しい。
 先進国アメリカの中心的な町ニューヨーク。そんな町の地下鉄はもっとハイテクで綺麗なイメージだったが、現実はかなり違っていたようだ。

<タイムズスクエアにて>
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<エンパイアステートビルからの夜景。ニューヨークの夜景は今まで見た夜景の中で一番綺麗だったし、感動した。>
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 ニューヨークは物価が高い。
 先ほど書いたように宿しかり、そして食べ物しかり、ま、タバコしかり。。
 タバコを吸う僕にとって一箱10$はきつい。。吸う本数を一度考えた。
 そしてやはり何と言っても食べ物。。自炊も考えたが、そのときは面倒でなかなか始められなかった。
 別に北欧のように半端なく高いというわけではないが、何となく割高感があるのだ。。
 アメリカに来る前の僕の勝手なイメージはこうだった、「アメリカの食べ物は何でも量が多い。食べ物に関しては日本と物価はそんなに変わらないし、アメリカは値が張ったとしても量がとてつもなく多いから、それ考えたら日本より割安感がある。」このことは実際にアメリカへ行ったことのある人からもちゃんとした情報として聞いたはずだったのだが、ただ実際行ってみると、量は日本と全く変わらない。特にマックとか・・・(ハンバーガー、ポテトのサイズetc)。その上、日本より値段がちょっと高いので、割高感を感じざるを得ない。ニューヨークだけかと思ったが、このあと行くラスベガス、ロス、サンフランシスコでも一緒だった。。

<吉牛もちょっと高め・・・でもパン攻めのアメリカではありがたい存在>
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 なぜだろう。。もしかしたらその他の州や町では、違うのかな・・・。
 とにかくその迫力の量を期待していただけに、イメージと違い、ちょっとだけショックだった。。

 ニューヨーク滞在は12日間と、この僕の旅の中では 結構長い方だったが、ニューヨークを満喫しきれなかった。。
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 今回はニューイヤーをニューヨークで迎えるという目的で訪れたが、まだまだいろいろな楽しみ方がこの町にはあるはずだ。
 長旅の途中ということもあり、なんとなくお金をセーブしたためか、この町に少し物足りなさを感じてしまった。
 自分にとってニューヨークはやはりもっとお金を使うところなのだろう。。
 まぁそうでなくても、この町は観光以外に何か特別な目的を持って来るべき所なのだろう。
 そう感じつつ、このニューヨークを後にした。。
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タグ:世界一周
posted by SAMURAIちゃん at 03:16| Comment(3) | アメリカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月27日

ヘルシンキ。

<ヘルシンキ大聖堂>
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 ヘルシンキには、19時半過ぎに到着。。
 気温の差はバルト3国といたって変わらず、とにかく寒い。

 フェリーターミナルからヘルシンキ中央駅までバスで移動。
 バルト3国とは打って変って近代的なビルが立ち並ぶ大都会だった。

<ヘルシンキ中央駅前の様子>
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 その日の目星を付けている宿まで行くトラムがどこにあるか分からず駅の市街図の表示板の前で、しどろもどろしていたら、一人の若い女性が「どうしましたか?」と声を掛けてくれた。。旅に出て以来こんな事はほとんど初めてだったので、その優しさに感動・・・。
 トラム乗り場を教えてもらった。。
 次にトラム乗り場ではどちらのホームから乗ればいいのかを迷っていたら、また別の若い女性が「どうしましたか?」と声を掛けてくれた。。

 え、この町どうなってるんだ・・・。

 実に5分以内に2人の方から親切なお声掛けを頂いたのだ。。
 本当にその親切な御2人にはただただ「感謝」だった。

 結局その日泊まるはずだったホステルも満員で入れなかった。困っていると、そのホステルの受付の方は親切に別のホステルとその行き方を丁寧に教えてくれた。おまけにとても愛想が良く、きっちりとした接客だった。

 別の日に駅のツーリストインフォメーションに飛行場までの行き方を聞こうと向かった。
 正直このツーリストインフォメーションというやつはマップをくれる以外はあまり期待できない。。今まで通ってきた国々ではやっつけ仕事のように必要最低限の事を伝えれば、あとはテキトーな対応だったし、時にはその情報は必要最低限を満たしていない場合もある。
 だが、ヘルシンキでは度肝を抜かれた。
 ツーリストインフォメーションのスタッフは、その丁寧な接客や確かな情報はもとより、なんと日本語が話せるのだ・・・。しかも敬語。ま、スタッフによると思うのだが、そのときにそこにいたスタッフはとても若い(多分18から22,3歳ぐらいの・・・)女性だった。。
 難しい単語となると少し理解できなくなるらしいのだが、僕が話す上では、全く不自由なかった。。

 これら全てが作用してか、ヘルシンキは僕にとって、とても「親切な町」という印象が強い。。
 というよりも、今まで通ってきた東欧の国々の人々が少し冷徹な対応が多かったために余計にそう思うだけかもしれないが・・・。
 とにかくそういう意味ではヘルシンキはとても良い町だった。

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 久しぶりに1日丸々と町の観光に充てられる。。
 あてもなく町中のあちこちをぶらぶらした。
 特に観光名所をまわるわけでもなく・・・。

<中心街の様子>
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 北欧は物価が高い。。
 確かそのとき1ユーロが135円ぐらいだったかな。。
 宿は1泊17.5ユーロ、インターネット1時間8ユーロ、中華ファーストフード店での晩飯8ユーロ。。とにかく何をやろうとも1000円前後は掛かってしまう。市内を移動するための足であるトラム。。この安いはずの公共交通機関でも一回乗るたびに2.5ユーロ掛かってしまう。

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 でも不思議なもんで、国の物価に合わせて、自分の金銭感覚も変わるのだ。・・・というより慣れてしまう。インドでの1日分の生活費を、平気で一食分のお金として使ってしまうこともあった。。インドでは10円、20円で、あれほどリキシャのおっちゃんとケンカしたのに・・・。
 慣れとは怖いものだ。

<フィンランド名物(??)ムーミンショップ>
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 12月23日そんなヘルシンキともお別れし、なんとかクリスマス前に滑り込むようにしてニューヨークへと渡る。。
 マンハッタンの摩天楼に想いを馳せた。

タグ:世界一周
posted by SAMURAIちゃん at 11:43| Comment(0) | 北欧 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月23日

弾丸トラベラー<バルト3国編>

 ワルシャワを23時に出発したバスは一路リトアニアの首都「ビリニュス」へと向かった。
 ビリニュスには翌日の7時50分に到着。

<ビリニュス中心部の広場>
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 駅に荷物を預けると、その日のうちに次の国へ行けるよう、さっそくバスチケットの手配をした。
 そう、このバルト3国を2泊3日で抜けねばならず、その日は次の国「ラトビア」の首都「リガ」へと行き、そこで宿をとるつもりだった。

 バス出発までの10時間をビリニュス市街散策に充てた。
 とても小さな町だった。

 現在の僕の寒さの多くの原因を担っている、靴・・・。
 正直この靴の生地では、この寒さはしのげなくなっていた。数ヶ所穴も空いているし・・・。
 中心部のファッションビルにスポーツショップがあったので、覘いてみると、クリスマスセールをやっていた。。
 迷わず、新品の靴をゲット。。
 今まで僕の足元を守ってくれていたVans君よ・・・ありがとう。そういいながら今まで履いていた靴は町のゴミ箱へ葬ってしまった。。

<プーマの靴(5000円也)>
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 新品の靴で歩く・・・。いや、足元が暖かくなるだけで、こんなにも快適さが違うのかと、感心してしまった。。


 市街散策を終え、18時30分に出るバスに乗り、今度はラトビアの首都「リガ」へと向かった。
 リガには22時25分着。。
 着いたその日はネットであらかじめ決めておいた。宿へと直行。

 翌日は同じように次の国「エストニア」の首都「タリン」へのバスチケットを手配後、市街散策をした。。

<自由記念碑、リガにて・・・>
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 旧市街はビリニュスよりも情緒のある町だった。
 町の近くには大きな川があり、驚くことにその川一面が真っ白なのだ。。
 凍結?!
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 一通り歩き通して、安かったので、最後に手袋購入。。
 これで防寒対策も一通り整った。
<偽者の雪です・・・>
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 リガを15時30分に出るというバスに乗り、お次はバルト3国最後の国「エストニア」の首都「タリン」へと向かった。。
 タリンには20時に到着。。
 その日は旧市街に構える宿に宿泊した。。

 そして次の日は、ついにこの旅始まって以来の初めての航海による移動。。
 エストニアのタリンからフィンランドのヘルシンキまではフェリーが出ているのだ。
 翌日の朝さっそくフェリー乗り場へ行き、フェリーチケット購入。。
 豪華客船を想像すると、とてもワクワクした。。

 チケット手配を終え、17時のフェリーの時間まではタリン市街散策をした。。

<タリンの町の様子>
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 この町はビリニュスやリガと比べて、また一段と情緒あふれる町で、旧市街は城壁に囲まれたとても可愛らしい町並みだった。。
 歩いていて、とても楽しい町だ。

<タリン旧市街>
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 海も近いということで、街のレストランでは海産物も食べることができた。。

<やはりこの町にも巨大ツリーが・・・タリンにて>
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 そしてついにフェリーで航海する時間が来た。
 思った通りの豪華客船で、船内にはブランドショップやスーパー、バーや広々としたフードコーナー、そしてビップルームなどもあった。。

<船内にあるスーパーマーケット>
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<そしてバー>
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<そしてビップルーム>
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もちろんそれぞれの店に並んでいる物の値段は高いのだろう。。分かりきっていたので、確認はしなかった。。お金がないためにみじめになりそうだったし・・・(笑)

 フードコーナーで比較的安いサンドイッチとコーヒーを買い、ヘルシンキに着くまでの2時間はそれらを食べながら日記を書くのに充てた。。


 ついにヘルシンキに行けるんだ。。

 途中、ルートを変更したり、予定していた町を飛ばしてきたりはしたが、何とかアメリカへ渡る飛行機に間に合うように旅はできたし、中欧や東欧の町並みも程よく観れたし、満足だった。。

 さて、北欧の町というのはいったいどんな町なんだろう・・・。

 フードコーナーの窓から見る外は一面漆黒の闇だった。。
タグ:世界一周
posted by SAMURAIちゃん at 00:00| Comment(2) | 東ヨーロッパ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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