2009年11月26日

新たな世界

 大変な労力を費やして、イスタンブールのアタテュルク空港に着いたのは、日本を発ってから実に約35時間後であった。

PA290023.JPG

 今回の日本への一時帰国は、世界一周航空券の計画外で、別に航空券を手配したので、デリーから日本へ一時帰国した僕は、デリーから先の世界一周航空券を使うために、また再度デリーへ舞い戻る必要があった。


10/28、12時15分、大阪発 → 香港経由 → 同日、21時頃、デリー着

10/29、3時30分、デリー発 → 同日、7時15分、ロンドン着(デリーからイスタンブールはロンドン経由)

10/29、9時45分、ロンドン発 → 同日、15時35分、イスタンブール着

※全て現地時間表示


 スケジュール的に少し無理があったようにも思えるが、快適なシートでくつろぎながら、眠ることができたし、機内食を4回も食べられたし、それはそれでとても満足な大移動だった。
 ・・・まぁデリーの空港では乗り継ぎがうまくいかず、次のロンドン経由(乗り換え)イスタンブール行きの飛行機に乗るのに、空港内で6時間以上も待ちぼうけをしなければならなかったのには、少し参ったが・・・。

 デリーからイスタンブールへ行くのには一度ロンドンを経由することになっていた。

 憧れのロンドン・・・。

 乗換えだけのために、2時間とちょっと、滞在しただけではあったが、そのショッピングモールのような空港を歩いているだけで、とても気分が高揚してきた。
 今まで通ってきたアジアの国々とは180度違う新しい世界に入り込んだ感じがして、目に飛び込んでくる全ての光景が、とても新鮮に感じた。

PA290016.JPG

 周りには高級ブランドショップがズラリと並び、お土産売り場には2階建てバスのおもちゃ、ロンドンの地下鉄のマークを模ったステッカー、ユニオンジャックのロゴが入ったマグカップなどが売られている。また、空港内にはHMVだってある。

PA290005.JPG

PA290009.JPG

 キャリーバックや大きな荷物を持った白人や黒人が行き交い、その多くはみんなよそ行きの小奇麗な格好をしている。カフェやレストランでは、通常よりも高い値段であるにもかかわらず、大勢の旅行客で賑わっている。。

PA290017.JPG

 その空港内に漂っている目に見えない空気やオーラが、もはや新鮮に感じた。

PA290020.JPG


 イスタンブールに到着すると、空港からはシャトルバスで町の中心部へと向かった。中心部へは地下鉄でも行くことはできたのだが、1日半も空港と飛行機の中に閉じ込められたということもあり、外の風景に飢えていたのだろう・・・、地下に潜って真っ暗闇の中を移動するよりも、少しでも値段が高くなろうとも、バスに乗って早くイスタンブールの街並みが見たかった。

 イスタンブールは確実にヨーロッパだった。
 僕が想像するヨーロッパの街並みそのものだった。
 少なくともアジア側から来た僕にとっては・・・。

 だが、ヨーロッパ側から渡ってきた人々にとっては、このイスタンブールの街並みは少しアジアンテイストが入り混じっていて、ヨーロッパの街並みとは少し違うように感じるらしい。

 でも、僕にとってはヨーロッパなのだ。

 中心部へ向かうバスの中から、そのヨーロッパ風の街並みを眺めながら、ロンドンの空港で感じたあの高揚感が再び沸き起こるのを、ひそかに胸のうちで感じていた。

PA300035.JPG
ラベル:世界一周
posted by SAMURAIちゃん at 02:00| Comment(3) | トルコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月04日

違和感?

 10/21定刻より少し遅れて、飛行機は関西国際空港へ着陸した。

PA210911.JPG

PA210913.JPG

 飛行機から降りようとする時に「ご乗車ありがとうございました〜」という言葉を掛けられ、少し戸惑った・・・。久々に聞くセリフだった。空港ビル内のあちこちにある看板、ポスターはどこもかしこも日本語で周りは日本人だらけ・・・。

 久々の日本のはずなのに、何かぎこちない思いで空港内で手続きを済ませていた。

PA210914.JPG
★久しぶりに食べる、コンビニのおにぎり。。


 今回は一週間の日本滞在の予定。。一時帰国の目的は友人の結婚式。。だが、この時期に日本に帰れたのは自分の中でも疲れきった身体を癒すのにはちょうど良い時期であった。正直、半年間旅してきて、自分の中の観光意欲というものはかなり磨耗していた。。
 その原因はよくわからないが、とにかくインド含め、その周辺国での滞在が、僕にとって思った以上に精神的、体力的な部分を消費させていたということは原因の一つであるのには間違いないだろう。。

PA220922.JPG
★我が家の朝・・・。


 とにかく日本という国は僕にとってとても優しい国だった。


 街は綺麗だし、比較的静かで、車のクラクションもほとんど聴かない。もちろん食べるものは身体にしっかりフィットしているし、すべてが自分に優しい気がした。
 日が経つにつれ、徐々に身体が元気になっていくのが分かる。。


 また驚くべき事実を発見してしまった。。
 インド周辺国ではあれほど小学生ぐらいの子供や母親に抱きかかえられた赤ちゃん、10代の若者を街で見掛けたのに、この日本という国では街をあるけば、高齢者の方々ばかりが目立つのだ。
 少子高齢化が進んでいるとは聞いているが、これほどまでに歴然と差がハッキリしているとは思わなかった。。

PA210916.JPG


 大阪の近鉄「鶴橋」から鈍行で近鉄「名古屋」まで・・・。
 鶴橋から15分も走ると、すぐに周りが山に囲まれた、のどかな風景が広がった。。そのうち「大和〜」という駅名が増えてくると、「あぁ、何となく奈良県に入ったんだなぁ・・・」って思える。


 列車の中は「しーん・・・」と静まり返っている。。
 日本ってこんなんだったっけ、って少し考えさせられるほど、今までとの雰囲気の違いに、とても新鮮な気分になれる。
 山と山の間を、静かに音をたてながら、列車はゆっくりと走っていく。

 心を芯から温めてくれるような、この落ち着いた雰囲気・・・。
 「奈良っていいなぁ・・・」

 列車に揺られているだけで、なんとなくそう思ってしまった。


 そのうち駅名が「大和〜」から「伊賀〜」とか「伊勢〜」へとかわる。
 ついに東海地方に入った。


 そして「伊勢中川」で近鉄名古屋線に乗り換え、しばらく電車に乗って窓から外を眺めていると、「中日新聞」という看板が目に付いた。
 もう名古屋はすぐそこだ。。
 とても久しぶりの名古屋で、名古屋に着く前からなんだか嬉しくなってしまった。

PA210921.JPG
★名古屋駅前のセントラルタワーズ


 午後7時50分過ぎ、列車は近鉄名古屋駅に到着した。


PA251007.JPG
★結婚式二次会


ラベル:世界一周
posted by SAMURAIちゃん at 19:48| Comment(0) | 日本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月03日

インド終焉。

 フンザでのゆっくりとした優しい日々は8日間程続いた・・・。

 フンザを充分に満喫する事が出来た。
 次に向かうはデリー。

 僕は10月20日にデリーから日本への一時帰国を予定していた。。今までに2度ほどデリーは訪れてはいるが、街を中継しただけで、一度も観光をしたことが無いという事もあり、飛行機で出発をする2,3日前にはデリーには入っておこうと思った。

 フンザからインドのアムリトサルまで、来た道を再度引き返し、インド入国。。やはりインド側に入ると、独特の臭い、熱気、ホコリなどに圧倒される・・・。

 アムリトサルからは10時間前後、バスに揺られ、デリー到着。

PA150837.JPG
☆パキスタンのデコレーションバス。内装がとても派手でまるでパチンコ台の装飾のようだ。。下痢で腹が下っていたため、3回程、このバスをとめた。


 フンザからの移動の道中で、どうやら少し体調を崩してしまっていたらしく、少し胃が弱っていた。なのでデリーへ入っても、インド料理というものは全く受け付けず、少し高価なレストランへ行き、日本食や西洋風ブレックファストを食べていた。
 もうインドも残りわずかということもあったので、ぜひ最後の最後ぐらいはインド料理を満喫したかったのだが・・・。

PA170861.JPG

PA170847.JPG


 デリーではメインバザールのお決まりの宿「ホテルパヤール」へ・・・。
 3度目ともなると、さすがに宿の主人であるディバックさんも僕の事を覚えていたらしく、笑顔で再会!久しぶりに話すとやはり陽気なとても良い人柄の主人だ。。主人といっても歳は29歳(少しフケてはみえるかもだが・・・)。日本語も英語もペラペラで、日本にも何回か仕事で来たことがあるという・・・。日本の中でも一番長くいた所は、僕の出身地である名古屋で、6ヶ月近くも住んでいたのだそうだ。そのため、地元の話題でも少し盛り上がった事もある。。

PA200902.JPG
☆ディバックさん。またデリーに行くときはよろしくお願いします。



 この宿には本当にお世話になった。。3度ほど訪れたが、悪い思い出というのは一切なく、良い思い出しかない。
 3ヶ月前、初めてデリーへ入り、忌々しいあの出来事があった後にこの宿でディバックさんに日本語で優しく迎えられた時、この宿は本当にオアシスのように思えた。
 そしてドミトリーの日本人とはすぐに打ち解け、楽しい日々を送る事が出来た。屋上ではドミトリーや他の部屋の人たちを集め、ディバックさんからビールの振舞いがあり、みんなで楽しく、宴を開いた。
 また別の日には、同じくドミトリーや他の部屋の人たちを集め、美味しいカレーを振舞ってくれたりもした!

 とにかくデリーという街は、行く前まではとても印象が悪く、悪い噂しか聞いていなかったが、このホテルのおかげで、僕にとってのデリーは逆に居心地の良い街となっている。。
 いつもドミトリーへ行けば、誰かしら日本人旅行者がいて、いつも楽しい思い出が出来るのだ。

PA190891.JPG

PA190894.JPG


 運良く、僕がインドへ入った翌日、インドでは旧暦の正月だったらしく、その日は夕方から、夜中に掛けて、街中花火や爆竹の音が鳴り響いていた。。・・・まぁ、うるさかったが、久々に花火を見ることが出来たし、何よりもそんな特別な日に自分がインドにいることが出来たという事が、とても嬉しかった。。


 23時15分発の飛行機に乗り込むために、宿でタクシーを手配。最後こそディバックさんは仕事で外出しており、顔を合わすことが出来なかったが、それでも快くインドに幕を閉じる事が出来た。。

 最後、飛行機に乗り込む際に搭乗口でチケットのもぎりをしているおじちゃんに笑顔で「サヨナラ」と片言の日本語でいわれた時、何か感慨深いものを受けた。もちろん僕も笑顔でサヨナラを返した。
 その「サヨナラ」という言葉の奥には、「長いことインドの世界を旅して、お疲れ様だったね。いつでもインドは君の事を待っているから、また来てくれよっ」というニュアンスを含んでいるかのように思えてしょうがなかった。


 時間通りに、飛行機は日本に向けて飛び立った。


PA200907.JPG
☆メインバザールを徘徊する牛。


ラベル:世界一周
posted by SAMURAIちゃん at 00:00| Comment(2) | インド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。