2009年06月26日

バンビエンでサイクリング!

 デット島から抜け出し、一路ラオス北部を目指す!!

 ラオスに関して(他の国も同じだが・・・)、これといった観光情報を持っていなかったので、デット島で韓国人の男性がお勧めしていた「パクセ」という町に行ってみることにしたひらめき
 お勧めというよりは、バイクを借りて、町の郊外を走る分にはなかなか良いところだよと言っているぐらいで、町自体は特に何も観光するような所はなさそうだ。。

 町に着いてみると、本当に何も無い町で、大通りに数件ツーリストオフィスと外国人向けの飲食店、レンタルバイク屋があり、また大通りから少し離れたところにわりと大きな市場があるくらいの小さな町であったいい気分(温泉)

 ま、それでもデット島で少し疲れてしまっていたので(笑)、独りでゆっくりするには静かで良いところだったひらめき
 2日目には日本人男性とも知り合いになれ、一緒に部屋もシェアした。。デット島ではあれほど恋しかった日本語での会話・・・嬉しくなってしまい、いろいろな話をして、久々に心が和んだ気がしたるんるん
 その男性によると北部へ向かうのであれば、バンビエンという町がお勧めだということであったので、パクセで2泊した後、バスで更に北へ・・・「バンビエン」を目指し出発ダッシュ(走り出すさま)ダッシュ(走り出すさま)

 パクセからバンビエンまでは一度、ラオスの首都「ビエンチャン」でバスを乗り換え、更に北に進む。。ビエンチャンはラオスの首都といえども、人や車の数は多かったが、高層ビルや近代的な建物は無く、東南アジアの田舎、ラオスを象徴しているかのような首都だったリゾート

 ・・・ビエンチャンからバスでバンビエンに着いたのは午後4時を過ぎた頃であった。。

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 ここもすでに観光地化が進んでおり、町には多くのゲストハウスや西洋人向けのバーやレストランが溢れ、夜にもなれば、多くの西洋人が仲間たちとお酒を飲みながら、談笑したり、ビリヤードなどを楽しんだりしているダッシュ(走り出すさま)
 それでも昼間の町はとても静かだし、町自体、とても風光明媚な場所にあった。町のすぐ後ろには中国の桂林にもあるようなのっぽの山がいくつもそびえたっており、雲の多い日なんかは山のてっぺんに濃い霧がかかっていてとても綺麗だぴかぴか(新しい)
 また町のすぐ近くを大きな川が流れており、昼過ぎから夕方に掛けて、地元の子供たちやそのお母さんたちが水浴びをしていたりしたるんるん

★町のすぐ近くの川
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 僕はのっぽの山があるところまで行ってみたいと思い、20000KIP(約250円)で1日マウンテンバイクを借り、山の麓の方へと向かったダッシュ(走り出すさま)
 この旅に来て、レンタルサイクル屋の自転車にはあまり信用を置かなくなった。。中国の麗江や、デット島で借りた自転車はいずれもチェーンが緩く、ギアチェンするたびに、自転車に振動が来るたびに、チェーンが外れていたパンチ
 今回はその経験を生かし、チェーンがしっかり締まっているマウンテンバイクを選び、念押しで店員さんにもチェーンが外れないことをしっかり確認した。

 町からそののっぽの山の麓の方へ行くには町のすぐ近くを流れる川に掛かる橋を渡り、対岸へ行く必要があった。。
 橋を渡ると、すぐに道は舗装のされていない、砂と石だけの道になり、辺りは町から集落へと変わったあせあせ(飛び散る汗)こちらの対岸のほうは全く観光地化されておらず、地元の人々の素の生活がそこにはあった。。
 ふと川を見れば、4人の子供たちが素っ裸でギャーギャー騒ぎながら、楽しそうに水遊びをしている。こののどかな風景に思わず、写真をパチリぴかぴか(新しい)
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 また、5分ほど走れば、今度はたくさんの集団の牛が、ある民家の大きな飼育場所から外へと柵を抜け出し、一定方向に並んで向かっていた。。ボーっとその様子を眺めていると、なんと驚くことにその集団の牛たちを指揮しているのは一匹の犬であったあせあせ(飛び散る汗)柵を抜けるのに時間が掛かってしまう牛がいれば、後ろから吠え立てて、牛をせかしたり、集団とは違う方向に行ってしまい、柵を抜けずにいる牛がいれば、その牛の場所まで行き、牛の後ろから吠えながら、ちゃんと柵の方まで導いている犬柵の中に他に牛がいない事を確認すると、ようやく仕事が終わったといわんばかりに2回ほど吠えて、その場に座り込んだ。。
 もちろんそこの飼育人が近くでその様子を見張ってはいるのだが、その犬の働きっぷりに少し感動してしまい、しばらく呆然としてしまったー(長音記号1)

 川や湖があれば、人々はそこで水を浴び、砂と石だけの道には野放しの牛が草を食べながら集団で移動し、広大な農地には農作業に勤しむ人たちがいたグッド(上向き矢印)

★水浴びをする地元の人々
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★自由に散歩する牛たち
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 そうこうしている内に、山はとても近くにあり、素晴らしい景色が広がっていたるんるん思った以上の悪路と日照りのおかげで疲労困憊と感じたそのときだった・・・
 「ガシャリ」と音がして、嫌な予感がした・・・下を向けば、チェーンが無残な姿に・・・バッド(下向き矢印)・・・・な、な、なんと切れてしまっているではないか・・・もうやだ〜(悲しい顔)
 ゆうに町から2時間は走ってきていたダッシュ(走り出すさま)ダッシュ(走り出すさま)
 ウソだウソだと、何回もペダルを漕いでみるが、ウソではない、ペダルは切れてしまっているのだ。。自転車は全く前に進まないたらーっ(汗)
 まさか、チェーンが切れてしまうことまでは想像していなかったふらふら
 人もいないし、周りは田んぼと少しの民家しかなかった。しょうがないので疲労困憊の中、自転車で2時間の距離を歩いて引き返そうとしたら、ちょうど農業用の運搬車として使っているような小さな荷台付バイクに乗ったおっちゃんが通りすがりに声を掛けてきて、起動不可能な僕のマウンテンバイクを見て、60000KIP(約750円)で町まで乗っけてってやるよと言ってきた。。僕のこの状況を見て、完全に足元を見たような値段だった。。まだ陽が高かったし、ゆっくり帰ろうと思っていたのでノーセンキューと断り、マウンテンバイクを引きずりながら歩き出すと、今度は50000ならどうだときたたらーっ(汗)
 ・・・いやいや、おっちゃん高いし、気分も落ちてるから、独りにさせてくれよ、と思いながら、無視していたら、今度は僕を通り越し、僕の前方でバイクを停めた。。
 なんだなんだと思っていると、僕の前方で、ある民家を指差している。
 おっちゃんに誘導されるように着いていくと、なんとこんな民家と田んぼしかない場所に幸運にも自転車修理をやっている所があった。。
 おっちゃんは、30000で直してくれるよ、と教えてくれ、そこの自転車修理屋さんに頼んでくれた。。

 ほんとうに助かったexclamation×2

 ま、教えてくれたおっちゃんには感謝だけど、俺のバイクに60000で乗れなんて言わずに、はじめから修理屋さんを教えてくれよパンチ

 と、思わなくも無かったが、全ては結果オーライで、おっちゃんには「カプチャイ!(ありがとう!)」と告げ、息を吹き返した自転車でその場を後にした。。

 そのあとも静かなほのぼのとした田舎道を、やはりチェーンを気にしながらではあるが、サイクリングを楽しむ事ができた手(チョキ)

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 バンビエンはとてもいい町だった・・・グッド(上向き矢印)

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ラベル:世界一周
posted by SAMURAIちゃん at 20:35| Comment(1) | ラオス「バンビエン」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月18日

デット島での日々・・・

 無事にラオスボーダーも越えることができ、以前から想いを馳せていたシーパンドンへリゾート

 ラオスという内陸地であるのに、不思議にも島が存在するグッド(上向き矢印)というのもここカンボジアとの国境辺りになると、メコンの川幅が14kmにもなり、この大河の中に無数に島々が中洲のごとく存在するのだ晴れこの一帯は「シー・パン・ドン」と呼ばれ、「四千の島々」を意味するのだそうだが、実際に四千も島があるのかどうかはよく知らないダッシュ(走り出すさま)
 このシーパンドンの中で旅行者がよく訪れるのは「コーン島」「コン島」「デット島」の3つで、特に「コーン島」はシーパンドン最大の大きさである。

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 今回僕は、特に島について下調べをしているわけでもなく、どの島がいいというのも決めていなかったので、電気が1日数時間しか通っていないというデット島(コン島も同じく・・・)に何となく決めたパンチ何となく決めたというよりも、カンボジアの国境近くの町で部屋を一緒にシェアした台湾人(以下J氏)に、これまた何となく付いてきてしまったのであるたらーっ(汗)

 この選択が自分にとってデッド島での生活を窮屈なものにしてしまったあせあせ(飛び散る汗)あせあせ(飛び散る汗)
 というのもその一緒に国境を越えた他の西洋人の中でデット島に行く人は僕とJ氏以外に2人おり、イギリス人の若い男女二人組(どうやらカップルではなく、旅の途中でたまたま一緒になっただけのようだ)であった。このイギリス人2人組みのうちの女性というのは、カンボジア→ラオス国境で勇敢に戦った女戦士である手(グー)
 この4人は島に着いてからは何となく必然的に一緒に行動をすることになり、バンガローもシェアした方が安く済むからということで、僕はイギリス人の男の子とシェアすることになったダッシュ(走り出すさま)ダッシュ(走り出すさま)

 てゆーか、ネイティブの英語全然聞き取れへんし・・・

 ・・・そんでもって、伝えたい事も思うように言えないし・・

 このときが僕の今までの旅の中で、一番英語に対してコンプレックスを抱いたときだった・・・バッド(下向き矢印)つくづく英語ができない自分を恨んだもうやだ〜(悲しい顔)
 宿には同い年ぐらいの韓国人の男性が一人で宿泊してて、これまた英語が上手なこと上手なことあせあせ(飛び散る汗)台湾人であるJ氏も英語がペラペラだ。。自分の周りが言葉という高い壁で完全に包囲されたような気持ちだったたらーっ(汗)

 いつしかそのイギリス人2人と韓国人、台湾人、日本人の僕で行動を共にするようになり、もちろん共通語は英語だったたらーっ(汗)
 簡単なやりとり(出身はどこ?名前は?旅の目的は?どのぐらい旅するの?etc・・・)ぐらいは何とかできるのだが、ちょっと込み入った質問や自分に共感を投げかけてくる会話となると、相手の言葉を自分が理解するまでに数十秒、自分の答えを相手にちゃんと伝えるために数十秒・・・と、一回の会話のラリーで1分弱程掛かる事もしばしばあったし、聞き取れずに会話が途絶えてしまうことや、伝えきれずに終わってしまうことなども何度もあったパンチ
 韓国人や台湾人の英語はゆっくりであったし、発音も日本人のそれとほぼ似ていたので、まだ聞き取りやすかったが、ネイティブが話す英語となると、全くと言っていいほど聞き取れない雷そのうち僕と他の外国人の人たちで会話という会話はあまりしなくなり、ほぼ僕以外の4人で会話しているという光景であった。

 ・・・なんという、可愛そうな光景だろうか・・・

 ・・なので「皆でコン島にある大きな滝を見に行こう」と、ちょっと遠出をするときなんかは、僕は空気を消し、人とのコミュニケーションはなるべく避け、ひたすら周りの景色を堪能したり、観光に集中していたっけなぁ・・・(笑)

 デット島、コン島は本当に何もないところだけど、普段の日本での生活では味わえない空間がそこにはあり、自然になるべく逆らわない生活をしたような感じだった晴れ
 電気は1日4時間ぐらいしか通っていないし、もちろん舗装された道などない。動物はブタ以外みな放し飼いで、犬は道端で1日中寝転がり、牛は野原で家族を引き連れ草を食べ、鶏はひよこを自分の後ろに従えながら、所狭しと走り回る・・・
 島の時間は本当にゆっくりだった・・・
 夕陽を浴びたメコン川はとても綺麗だった・・・
 ハンモックに揺られながら、ほぼ無音の空間で目を閉じると、何もかもを忘れてしまいそうになった・・・

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 こんな良い島なのに、英語の壁を越えられずにグループの中で一人嫌な孤独感を味わいながら過ごしたという、苦い苦い経験のお話でした(泣)


夕刻時のメコン河(バンガローより)
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ラベル:世界一周
posted by SAMURAIちゃん at 23:32| Comment(2) | ラオス「シーパンドン」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

悪質なイミグレ

 楽しかったシェムリアプを後にし、一路カンボジアとラオスとの国境の町を目指すexclamation×2
 ただ、カンボジア側の国境の町「ストゥントレン」までは直通の交通手段がないので、シェムリアプからはその手前の手前のコンポンチャムまで行き、そこから次の町クラチエまでのバスチケットが買えるとのことだったダッシュ(走り出すさま)
 しかも時刻表も何もないのでその日のうちにどこまで行けるのかということは何も検討がつかなかったふらふら

 バスに揺られること約5時間ダッシュ(走り出すさま)ダッシュ(走り出すさま)コンポンチャムに着いたのは、午後1時15分を過ぎようとしていた。見渡す限り、コンポンチャムはシェムリアプを何倍か小さくしたような田舎町リゾート
 幸いにもツーリストオフィスの目の前でバスが留まってくれたので、荷物を降ろすとすぐにクラチエ、もしくはストゥントレン行きのバスはないか窓口に聞いた。ところが、返ってきた答えは「午前中でバスは終わった。明日までない」とのことあせあせ(飛び散る汗)せっかく朝早く一番のバスで来たのに、まだ半日も残っている上に、こんな何もない田舎町で無駄に一泊するのはごめんだバッド(下向き矢印)どうしても前に進みたくて、「クラチエの手前でもいいし、何か他に前に進む手段はないか」と窓口の女性に必死に尋ねたが、何度も何度も同じ答えだったたらーっ(汗)その様子を見て、横からトゥクトゥクのおっちゃんが俺がクラチエまで連れてってやると、高い値段を吹っかけてきたが、とりあえず無視手(グー)また、窓口の女性もトゥクトゥクで行ってはどう?とか言ってくるちっ(怒った顔)
 ダメ元で他のツーリストオフィスはないかと、尋ねたら、ここから1〜2km離れたところにあるという。まだバスはあるか聞くと、午後1時半に出るので最終だというあせあせ(飛び散る汗)

 ・・・てか早くそれ教えろよっパンチと吐き捨てる間もなく、時計を見たら、午後1時半になろうとしていた!!半分諦めかけていたが、急いでトゥクトゥクに飛び乗って、おっちゃんが4000リエル(約100円)と言ってきたところをそこだけはすかさず値切って2000リエルで他のツーリストオフィスまで行ってもらった手(チョキ)

 ・・・なんとか無事バスにも乗れ、その日はクラチエのゲストハウスに台湾人の人とルームシェアをして、一泊したホテル

 翌日・・・、ゲストハウスでラオスとカンボジアの国境に近いラオスのデッド島まで行ける国境越えツアーを申し込みミニバスで一路カンボジア側国境の町ストゥントレンへ・・・
 そこで昼食をとり、更に1時間半ほどミニバスを走らせ、ラオス・カンボジアボーダーに到着バスついに人生3度目の陸路による国境越え・・・
 ここの国境を第三国人が正式に通過できるようになったのは、つい最近(聞いた話によるとここ5年くらいの間??)のことで、あまりメジャーではなく、ガイドブックや噂によれば、イミグレの係員から賄賂を請求されるとのことだったバッド(下向き矢印)
 もちろん僕は賄賂なんて払うつもりはなかったexclamationキレてでも無理やりにスタンプを押させてやろう、と意気込んでいたグッド(上向き矢印)

 同じミニバンでここまで来ていた西洋人6人とルームシェアをした台湾人1人、それと日本人の俺(笑)1人の計8人のパーティーでいざカンボジア側のイミグレへ乗り込んだグッド(上向き矢印)グッド(上向き矢印)
 ・・・ま、日本人の俺はボーダーの写真なんぞを撮っていたせいで、ちょいとパーティーからはずれ、イミグレにはやや遅めに着いたのだが、着いたらもうすでにドンパチドンパチ火花を散らして、勇敢なイギリスの女性がカンボジアの係員と戦っていたどんっ(衝撃)
 みんなと同じようにイミグレにパスポートを提出する。すると、係員は「ペイ ワンダラー、ペイ ワンダラー」と猿の一つ覚えのように繰り返す。
 イギリスの女性は「ちゃんとしたオフィシャルなレシートを頂戴!」「すでにいくらか払ってラオスビザを取ってきているのに、なぜここでまたお金が発生するのかちゃんと説明しなさい!」と、まさに正論この上なかったひらめきその女性は見た目、おそらく20歳から、いってても24歳ぐらいで、自分なんかよりずっと若いのにしっかり者で、勇敢で、それでいてかなりの美形でもあったグッド(上向き矢印)
 そのイギリスの女性を先頭に他の外国人たちも応戦していると、ものの10分ぐらいで簡単にスタンプを押してもらえた手(グー)
 よしよしこの調子で、次のラオス側も簡単にいくはずだと、思っていたら、ラオス側のイミグレはかなり手強かったあせあせ(飛び散る汗)
 先程と同じように英国の女性が何度も何度も訴えても向こうはほぼ無視しているといった状態で無表情で顔も上げずに目も合わせずにすぐに窓口の窓を閉めてしまうたらーっ(汗)
 試しに僕も窓を開け、パスポートを差し出し、「ペイ ワンダラー」と言われたら、「ギブミーアレシート」と応戦したが、相手は何も言わずに同じように窓を閉めてしまった。他の西洋人たちも同じようにパスポートを差し出したが、みんな同じ結果で、これにはみんな苦笑いだたらーっ(汗)
 初めの10分は何とか笑っていられたが、理不尽にパスポートをつき返される様子を何度も見ていると、何だか無性に腹が立ってきたむかっ(怒り)
 英国の女性が近くにいる他の係員に訴えても窓口の係員と同じ態度でつき返され、もはやその態度は政府の役人がとるような態度ではなかった。。

 ・・・なんでこいつらのポケットマネーを免れるために、ここまで苦労と時間を費やさなければならないのだパンチ法律で認められているちゃんとしたルートだというのに・・・・たった1$の事ではあるが、理不尽すぎるexclamation×2

 あまりにも腹が立って、窓をグーで叩きながら「ちゃんとしたレシートをよこせっ」「いったい何の料金なんだ」と少し強めに訴えてやったどんっ(衝撃)怒った僕の顔を見ながら、係員は少し驚いていたが、結果は同じだったバッド(下向き矢印)
 しかもすぐに英国の女性に「彼らのものに触れてはダメ!!」と怒られてしまい、ものすごく恥ずかしい思いをしてしまったバッド(下向き矢印)

 かっこわるもうやだ〜(悲しい顔)

 それでも他の西洋人の一人が電話をかけ(誰に電話をしているのかわからなかったが・・・)、ここのボーダーに関することを聞いたり、ミニバスの運ちゃんにこの賄賂に関することを聞いたりしたが、みな結果はやはり同じで全く前に進まなかった。。

 だが、40分いや1時間弱かな・・・イミグレの前で8人の集団で賄賂を支払わず、ひたすら粘っていたら、窓口が突然開き、OKのサインが出たダッシュ(走り出すさま)ダッシュ(走り出すさま)

 その瞬間、ようやくラオスに入国できるといったうれしさもあったけれど、やはりどうしても係員たちのやり方に納得がいかなかった。。バックパッカーにとって(少なくとも僕自身にとって)国境を越えられるかどうかというのは、不安材料の大きな一部分であり、とてもシリアスになる場面である。
 そんな僕らの心理を逆手にとって、政府の役人という身分も利用しながら、「金を払わないのなら、通さない」と、自分たちの小遣い稼ぎのために30分も1時間もそこを通過する人たちを足止めさせるのは本当に卑怯だと思ったパンチ

 たった1$の事だが、1$でも払う理由も分からないまま、お金は払いたくないもんだ。少し、怒り気味のブログになってしまったが、ものすごくそういったことを痛感した1日だったexclamation


・・・あと、欧州列強の方々はいつの時代もどこの国でもやはり強いんだなぁ〜とも思った(笑)


カンボジア=ラオス国境
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ラベル:世界一周
posted by SAMURAIちゃん at 15:40| Comment(0) | カンボジアボーダー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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